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日志


2007/5/17

再就職!

3月末に退職後、ぶらぶらした期間を除き、約一ヶ月で次の仕事が決まった。
 
ちょっと前から旬?なハケン社員としてスタートだ。何か?(大前春子ふう)
1.一人事務ではない環境
1.一番偉い人間が事務所の中ひたすら部下の監視をしない環境
1.週休2日
1.休暇の融通が利く環境
 
このハケン先は何とかクリアしてた。
どうしてハケンにしたかと言うと理由は一つ。
次に働く企業が在籍確認の為、前の職場に連絡をされる危険性を避ける為だ。『どうしてそこまで、考える?』と思われがちだが、色々な意味合いも混めて前の会社とは関わりたくないのが一番だった。
 
まだ、働き出して数日しかたってない。
覚える事、流れ、を把握するのに精一杯。
言っちゃいけない、前の仕事の流れ、言ってしまった自分にペナルティを科してみよう。今日も減点。。
明日は、言わぬようにしないと。
 
ひとまず決まって一安心。ほっ
 
2007/5/11

父親還暦

平日のお休みを利用し、父の還暦祝いを兼ねた一泊の温泉に出かけた。
場所はイワナイにある聖観湯という和風旅館。初めて行くところであるが、両親や祖父母は何度か利用しており、静かに過ごせる環境としてお気に入りの旅館であるようだ。ここイワナイはニホン海に面した漁業が中心の町で海があり、その背にはにせこ連峰がある自然豊かな町。サッポロからも日帰りで遊びに行くことが可能な場所である。また、海洋深層水の事業を行っており、この旅館のお湯はこの海洋深層水を使用してる。
 
この旅館、玄関で靴を脱ぎ入るのだが、スリッパは無い。仲居さんの話によると、木の感触を味わってほしいと言うことからスリッパを出さないとのことだった。
落ち着くや否や、温泉に行く。内湯はヒノキで出来ており、窓が大きく出来ていて、ニホン海イワナイ湾が見渡せる。また、露天風呂もあり中々イイ感じだった。私は一泊の温泉での入浴は大体2,3回位入るのだが、父親はこの一泊で6回も入る。(入りすぎです)
平日かつGW後だったので、宿泊客は私達家族を含めて2,3組。ひっそりしていたのがよかった。
 
夕食はお部屋でこじんまり、ゆっくり頂く。お昼を抜いてきており、夕食に備えた甲斐もありおいしく頂いた。結構お酒の周りが早く、速攻撃沈。目が覚めると、今度は中々寝付けず大変。しかし、温泉へ行き、心身共に落ち着かせ何とか眠りに付くことができた。
 
朝、夕食同様ゆっくり頂く。食後にコーヒーか牛乳が出るとのことで、牛乳を頼んだが、配達されるはずの牛乳が朝食に間に合わず、結局コーヒーに・・・。(残念)チェックアウトの10時までゆっくり過ごし、帰りはニセコ経由で回った。ちなみに行きはオタル、ヨイチ経由で海沿いを運転。どっちの回り方も好きな道路の一つだ。これからの時期オープンカーで回るのが楽しくなりそうな景色ばかりだからだ。
平地は桜が咲き、春を漂わせるが、山はまだまだ春は先の様子だった。雪もあり、道路によっては通行止が続いてたり、山スキーorボードを楽しんでる人もいた。
 
眺めのいい場所を見つけ、途中停車。(注:観光シーズンはやらない方がいいですよ。走行の邪魔になるだけでなく、事故の原因にもなるので)絵を描く母の為にスケッチの時間として。それに便乗して私もデジカメでパチリにせこの道の駅に立ち寄り、産地直送に目が行き、祖母と母は早速お買上げ。『買いすぎです!』と言うくらい、色々買っていた。春の野菜が中心に売られており、今メジャーな生産者の写真を載せて『私が作りました』的な販売で、道の駅に立ち寄る人たちに新鮮さや安全性をアピールして販売していた。祖母はほうずきや水仙をお買上。球根付きだったので、球根は家の庭の地面に植え、お花は家の花瓶に。ソフトクリームもモチロン食べ、ぶらぶらしながら帰宅。平日はやっぱり道路の流れがスムーズ!こういう機会も数少ないので楽しまなきゃと思うばかり。
 
ぷぅ生活を満喫してるが、色んな角度から活動中。さてどうなるやら。そろそろ進展もあるような。。
 
              
                   旅館前                                          部屋から眺め
 
               
        ニセコ付近・・・。まだまだ雪は存在。。                          左:ルスツの山       右:羊蹄山     
 
  
    沢山の春の野菜達。ヘルシーな料理が出来上がり!
2007/5/8

法事

GWに曾祖母の33回忌法要があった。
祖母の主催による。もうこれが最後だろうという判断から。
父方の親戚が一挙に集まったのは本当に久しぶり。
しかし、この曾祖母の存在を知ってるのは、父の兄弟は勿論のこと、母、妹、そして私。だが、父の兄弟のお嫁さん(私からすると叔母)やいとこ達は知らない。でも、妹や私が知ってると言っても、二人とも乳飲み子の時。殆ど知らない部類に入るかもしれない。
 
まず、墓参、その後お世話になってるお寺で法要、そして会食。
住職の説教は、私ら孫に向けた話がメインだった。
曾祖母が亡くなった時はこの住職の祖父に当たる人が執り行い、今回行った法事は孫である住職が行うくだりで始まり。。17年後の50回忌はお孫さん達で行ってもらえるような内容を語った。このお寺の行事に以前に参加したことがあるが、話す相手が住職より若いこともあり(私とはあまり年齢が変わらないが)飽きのないようにな雰囲気で説教は終わった。
 
会食はお昼と重なり、盛りだくさんな料理。
持ち帰り可能なメニューは食べず、持ち帰り不可能なメニューは食べることにしたが、結局殆どを食べつくしてしまった・爆。
 
天気にも恵まれ、大きなトラブルもなく法事は終了した。
祖母も満足したことだろうと思う。
17年後は誰が仕切ってやるのだろう?(謎)
 
2007/5/6

同行な旅その②@FUK・4

祖母のクラス会が全て終了。
朝、親戚の車でフクオカ市内へ。おチビちゃん達(祖母の姪の子達)もやってきた。彼らの様子は大人たちだけがいたせいか、ちょっと気味だったかも。
 
この日も『お登りさん』。ホークスタウンを通過し、祖母の希望でもあるフクオカタワーへ。
 
途中は都市高速を利用してフクオカ市内へ向かったが、やはり貿易港、コンテナを引っ張ったトラックが多い。
バックステージツアーも考えたが、まだハムを見てないしなと意味不明な理由から断念。一日楽しめる施設で少なからず、ホッカイドウにももっとあったらなとも思うが、どさんこは熱しやすく冷めやすいからすぐに閑古鳥が鳴くだろう(汗)。
フクオカタワーに向かい、展望室へ上がる。フクオカ市内とハカタ湾を一望できる。晴れており眺めは良かった。夜景も恐らくキレイなのだろう。。
ここでランチをしながら、しばし談笑。近況と言うよりやっぱり昔話。あとはこっちのマチ事情がほとんど。
 
案内してくれた礼を言い、宿泊先のホテルへ。疲れていたので、早めのチェックイン。おみや~を買うために駅へ。買うものは決まっている。
明太子ではない(一応この手の商品を扱ってる為、弟の高校の修学旅行のFUK土産では禁止令が出されたくらい・笑)
 このお菓子↓こちらをくりっく!
  クッキーせんべい博多の里。美味しい&日持ちがする点でナカナカ良い。
 
鈴懸の○すず籠をお買い上げ。こちら
鈴のカタチをした最中と籠がヒットして目をつけていた一品。好評な一つだった。
 
もう一つ。ガトー風月の焼菓子のダックワーズ、チーズタルト他。
 
選んでみて思った事!どれも日持ちがしない(汗)。
 
その後、疲れ気味祖母を部屋に残し一人キャナルへ。
いくつかある複合施設の一つで一日いられる環境。
電車の中刷りで気になってたのだが、博多座ではモリミツコが売れっ子芸者になって繰り広げられるコメディ?『雪まろげ』が公演中だった。でも、今月の公演している方が興味があった。
同じ地方都市でも演劇専用劇場があるのは大きい。こちらも複合施設の中にある。
(ちょっと調査不足だったかも)
 
この日の夜も、ホテルの近くにある屋台で『お約束のとんこつラーメン』を食後に頂く。こちらの麺とは違うので比べようもないけど、旅の記念として。(フォトアルバムをご覧ください)
こんな感じで同行な旅:FUKも終了。
こちらに戻っても、春の気配はまだ。
 
今度は南側のキュウシュウを旅行してみたい。
 
これでおわり
 
2007/5/4

同行な旅 その②@FUK・3

本日は、フクマを離れアカマ@カネザキと言う地域へ。
2つ目のクラス会に参加する為。ホテルからタクシーに乗り、JRで移動。80歳過ぎたばあさん達が駅をうろうろしてる。(何かの集まりと皆がすぐにわかる状態)クラス会は海沿いの割烹旅館を利用。この割烹旅館は駅からかなり離れており、旅館のバスが迎えに来てくれていた。その中に私も混じり割烹旅館へ。
この日こそハカタ方面!と思ったが、JR利用してここまで戻るのは「つら~」と思ってた。そして実際にも「たるいなぁ~」だったので、この辺をぶらぶらとした一日にすることにした。
海岸@玄界灘と言うか響灘と言われる地域。日本でも有数の漁場らしい。宿泊先の旅館も魚を扱った料理を売りにしてる。お昼からこの旅館で料理をいただくことにした。が、周囲に何もないのか?それとも有名店なのか旅館の屋上にある食事処は満席で待ち客が沢山いた。お一人様だったのですぐに入ることができた。ランチ、定食メニューの他気になる一品を見つけた。旬が玄ちゃんと言われる鯵のお刺身。しかし、既に売り切。(残念)結局、写真の「いさき煮魚定食」を頂く。ウマい一品でした。
 
食事後は、目の前の海岸へ出向く。白砂でキレイな海。一面砂浜だが、ちょっと歩くと岩場を発見し、磯遊び。岩場にびっしりこびりついた貝は何だろう?小さなウニや海草がうようよいた。同じ日本海でも北の海とは全然違う。余りにも物珍しかったので、時間を忘れて色々と見入ってしまった。更に、漂流物にも目が動く。要はゴミなのだが、ハングル語表記の漂流物が沢山見かけた。カンコクは近いんだなと思うと同時に「ゴミ捨てろよ!」と思う方が強かった。チュウゴクからの漂流物も結構あった。他にもニホンでデザインされたとは思えないようなサンダルや長靴も漂流されていた。
天気のいい日曜日はボランティアが来て海岸のゴミ拾いというのがあるらしく、散歩がてら参加してみたいなと思ってしまったくらいだ。こっちにもあるのかちょっと調べてみようと思う。でも、北の海はまだまだ寒い。。
 
海岸で遊んでいたが、歩いて10分くらいのところに漁港を発見し。そこでもぶらぶら。
完全によそモンでかつ怪しい人と化してます。それはそれでいいや(旅の恥はかき捨てではないけど・・・)
午後のゆったりしたひと時だったので、人は殆どいない。自分の船のリペアや掃除などで見えてる人が殆どで、釣り人すらいない(平日だし)
海岸とは違った趣でここでもしばしぼ~~~~っとしたひと時。
あっと言う間に夕方を向かえ、旅館に戻ると祖母たちのクラス会は終了しており、残ったおばあさん達だけが楽しく談話してた。(話尽きないなぁ)
部屋も海が見渡せる一室だったが、さっきより風の強さがましており、穏やかだった波もそれなりな高さになっていた。
 
簡単に夕食を済ませ、と言うかお昼にでたお刺身を祖母が取っておいてくれたのでそれを頂く。やっぱり白身や光物の魚は美味しかった。いつも食べ慣れてるが、それでもこちらで食べるのはちょっと違ってたし、興味あったし。
のんびり、ゆったりした一日だった。
                                  
 
                  
 
                  
 
 
2007/5/1

同行な旅 その②@FUK・2

翌日、晴れ。
行き先はコクラ、モジ、シモノセキ方面へ。最初はハカタ方面と考えたが、こちらに決めた。今回はかーなーり『お登りサンな観光!』
西鉄と言う私鉄があるが、最寄の路線は3月末で廃線になった為JRを利用。
線路沿いには菜種の花が咲き、桜は葉が出始めてる。ホッカイドウは原野を走り抜ける感じなので、何だかのどかだな~と感じながら、途中スペースワールドが見え始めた。TDRやUSJでもやっぱり絶叫マシン系は抑えておく私として3大コースターにはとっても気になったが、平日三十路過ぎたオナゴひとりがアトラクションを乗り回してるのは大変怪しすぎるので、次回(誰かを道連れに)に行こうと考えておくことにした。
まずはコクラに到着。
ここでの目的は2つ
1.コクラ城へ行くこと
2.松本清張記念館へ行くこと
 
その昔この地域は、九州各地へ通じる街道の起点として、そして本州との接点を持つ場所だったので栄えたのだろう。色々な文化が交差する地域はマチが栄える証は日本の色んな地域でも数多くある。孤島いやエゾ地で生まれ育ったので、未だちょっとピンとは来ない(残念)
(同じ時期にエゾ地は松前藩が出来てこの地に住むアイヌ人の中に入って行き、次第にワジンが支配して行った時だった)
 
京町の商店街を抜けて、川(紫川)を渡り、所業施設を抜けると、コクラ城を発見。(駅から近い&何か微妙)
外壁が工事中だった。*ウィキをリンクさせておきます
 
 
建物の中は資料館となっており、新しい展示物から古い展示物など色々なものがあった。
とりわけ目を引いたものが色んな武将達の『兜』。(写真は撮りませんでした)
頭にそんな飾りつけて戦えたの?と思わせるものや。質素にしてた武将はシンプルなものだったりと色んな妄想?をして楽しめた。
お城の周辺をちょっと散策し、まだ桜がキレイに咲いてた。お花見の提灯が木にかかっていた。まだお花見ができるのだろう。
こちらも入って見学を考えたが、やっぱり松本清張記念館が先ということで記念館へ。
 
清張の作品は、ヨネクラリョウコが主演のドラマ等でご存知の方も増えたと思うが、一昔前には2時間サスペンスドラマ(土曜~等)でご存知な方もいると思う。本が好きな母親の影響で清張の作品は何冊が読んだことがあるが、読んでいて興味深い。と言うか感心させられる中身が殆どだ。その真髄には貧しい家庭で生まれ育ち、そこから這い上がる精神力、半端じゃない取材活動等があのような作品を作り出してたのだ。恐らく、おぼっちゃま作家だったら、ここまで人気を博しなかったと思われる、また40代で作家デビューした経歴からも、色々な挑戦に関して人生まだ大丈夫と勇気付ける人でもある。
清張に関する書物を一冊お買い上げ:母親へのお土産として
 
休憩もすることなくコクラを後にしモジコウへ。
貿易港として栄えてるだけあって、海沿いに本関の庁舎がど~んと。
駅舎はレトロ感たっぷり。重文に指定されてるだけあって保存はばっちり。駅をでるや否や人力車のお兄ちゃんに「どう?」と。ガイドがあるのは有難いが、歩きたかったので断る。
モジ・シモノセキといえばふくちゃん!と言っても、今は旬ではない。でもこう言う時に限って口にしたいもの。色々ぶらぶら歩いてたら、うどん屋さんを発見し中へ。客が一杯。(びったんこ昼時の為)店の入り口にふくのてんぷらが入ったうどんを見つけここに決めたのだ。中に入ると地元のお客さんもいて期待が持てた。『牛負けました』の為、写真はなし。(ごめんなさい)
こちらもコクラに負けず『お登りさん炸裂』だったので、以下のポイントを見て歩く。建物を見るだけ十分かも(爆)
旧モジミツイクラブ:MBKがびっぷ接待や宿泊の為に建てた2階建ての社交クラブ。
旧オオサカ商船:大正時代(1917年)OSK(MOL)のモジ支店を修復した建物。現在はギャラリーや海事資料室として利用されている。
海事資料室にはボランティアかよくわからないけど、おっさんが詳しく説明してくれた。客船の模型が多く展示されており、建築物と同時に当時の客船の様子が伺えた。
旧モジ税関:実際に税関として使用されていた(昭和初期迄)。今は税関の広報展示室とカフェがある。
海峡ドラマシップ:大正時代を再現したものやカンモン海峡にまつわる歴史を紹介してるらしい。作りの割にはショボさ満点。
モジ港レトロ海峡プラザ:お土産&食い処がある複合施設。購買力はイマイチ起きなかったけど、色んなものがあり見るだけで十分。
 
               
                  モジ港st.                                          旧三井倶楽部
 
              
   カンモン海峡を背に真ん中が旧モジ税関、真中の途切れた            税関のキャラクターカスタム君(まんまチャンでないよ・笑)
   建物がモジ港レトロ展望室。その右国際友好記念図書館
 
行けば良かった所として・・・
出光美術館:出光興産の創業者出光佐三氏がコレクションした展示する美術館。
モジ港レトロ展望室:マンションの31階にある展望室。この辺りの山頂が見渡せるよう。
林芙美子に関することも。
 
夜景も結構キレイなんだろう。これも又の機会に取って置こう(いつになるやら・・・)
 
モジの海沿いをぶらぶら、のんびりとビールを飲みながら・・・。(ここでも怪しい観光客な姉ちゃん発揮!)
「海峡を渡ろう!」と思い立ち、シモノセキへ。
本当は海峡周遊船を利用しようと思ったが、行った日は整備点検の為運休(残念)
カンモン連絡船を使ってシモノセキへ。色んな船が往来してると思ってる間に唐戸桟橋へ到着。所要時間5分。
唐戸市場自体は終わってたが、中には観光客を狙ってちょこちょことお店を開けてる姿が見られた。
 
                                        ここでもお登りさん発揮
 
             
 
~おみやげ~
   こちらを購入海峡ビール。                      やっぱりこちらもハズせません。
      ←「苦味が少々あるが美味しい」           まだ開けてないので、これから楽しみ。
 
色々散策してると、とある女性の碑を発見。
童謡詩人:金子みすず。「詩の小径」と言う碑。全部見て回らなかったが、思わぬ発見だった。
優しい心を持ち続けた人で詩にはそれが顕著に現れている詩が多い。
 
思ったより、文学に触れた一日だった。
駆け足?でホテルに戻ると、祖母が仲間とロビーで談話をしていた。簡単に挨拶を済ませた時、思ったこと。
「90歳までクラス会は行われそう」
当たり前だけど、皆しっかりしている。認知なんて何のそのって様子だ。
 
つづく